杏っ子 室生屑星
著者: 室生 犀星
タイトル: 杏っ子
室生屑星の晩年三部作のうちの一つ。自叙伝的長編小説。
娘の不幸な結婚生活を見守る主人公、平四郎。
「別れなくては・・」心の片隅ではそう思うのに、なかなか離婚にふみだせない
娘に向かって、平四郎が言った台詞。
「多くの女が苦しんでいるのも、みなそれなんだ。
同様に男もその鎖でもがいているがね。そこにあるものはやはり性欲の反芻が、
折り返して彼らを元にもどしたり突き抜けようとしてもだえている。
先ず性欲が対手方に向かって無関心になる状態が肝心だ、それの破壊作用が行われたら、男なんて不要の物質になる。」
最終的に別れを選んだ娘、杏子。
杏子が、最期に別れた夫と再会するシーンでは、
「・・・いま向こう向きに歩いている男が、嘗て肉体を分け合った男であるとは思えなかった。そう思うには、亮吉に対するものの大部分、いやおそらくみんな失っていた。その顔も胸も、その大部分の肉体には少しも杏子の眼にとまるものはなかった。」と、その心情を表現しています。
”少しも眼にとまるものはなかった”この一文を素晴らしいと思いました。
自分の恋愛心理を、性欲だけで図る事はできません。
でも、本能に近い性欲が、恋愛に大きく作用することも確か。
であれば、上記の平四郎の台詞と、杏子の心情描写を恋愛の物差しのうちの一つとして取り入れてみるのもいいかもしれない。
そう思いました。